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秋田の古獣―ナマハゲ―





 ちょっといきなりカミングアウトしていい? 
 まあ「嫌だ」って言われてもカミングアウトしたいから言うけどさ。一つ約束して欲しいのはこれから何を言っても怒らないで欲しい。この話自体はすぐに終わるからさ。
 あのね、実は僕――、「ナマハゲ」なんです。

  うん、そのリアクションで正しいと思うよ。「何言ってるんだこいつ」みたいな。それはわかってたことだし。想定内中の想定内。でもしょうがない。だって本 当にナマハゲなんだから。ナマハゲってあれだぜ? 君が頭に思い浮かべてる――そうそう、それで合ってるよ。そう、秋田の! 「泣ぐコはいねがー」ってや つ。なんだわかったんじゃん。じゃあ話は簡単じゃん。そのナマハゲになっちゃったんだよ。いや、本当に。僕自身も信じられなかった。というか誰が朝起きた ら「ナマハゲ」になってるなんて想像できる? 少なくとも僕にはできなかったよ?
 焦ったね。とにかく焦った。あれは焦ったというどころの話じゃないかもしれない。だって鏡を見たら鬼の面が写ってるんだぜ? いまどきお化け屋敷でももっと手加減するっての。
  それからどうにかしてこの鬼の面が僕だってことがわかってきたんだよね。だって鏡の前の鬼は僕が動くのと同じように動くんだぜ。しまいには自分がミノをつ けて出刃包丁持ってるもんだからこれはナマハゲだなってわかったってわけ。あ、ちなみにこの出刃包丁ってのはプラスチックだから危なくないんだぜ。だから 安心して俺に近づいて――こないよな。いや、いいんだ。わかってることだから。
 それでさ。このまま自分の部屋にいるわけにもいかないじゃん。い やだって急に母さんが部屋に入ってきた日には腰を抜かすどころじゃすまないぜ? そりゃあそうだよな。自分の息子がもしもナマハゲだったら僕はマシンガン を乱射してるぜ。あっここがアメリカだったらの話な。気づいたら誰にも見つからないように外に出て――。このでかい図体を隠すのは大変だったんだぜ。

 それでこの誰もいない神社にたどりついたってわけ。ここだったら隠れるスペースもいくらでもあるしな。それにあまり人が来る気配もない。それで数日間も住み着いちゃったってわけ。
  この神社での暮らしは思ったよりつらいもんじゃなかった。驚いたことにナマハゲって腹も減らないし、のども渇かない。とりあえず人間の三大欲である食欲、 性欲、睡眠欲はないらしい。そんな神社生活にも慣れてきた僕はいつものように賽銭箱の手前の木造の階段に腰を下ろしていた。はあ。今日も平和だねえ。
「そうですね」
 何者かが僕の独り言に返事をした。ふと横を見た。女の人だった。しかも白衣に赤い袴――。
 巫女さんだ。僕はおもわず声に出してしまった。
「そうですよ。こんにちは。ナマハゲさん」
 あ、どうも。……って普通に挨拶を返してしまった。って何でこんなところに巫女さんが?
「ここは神社ですから。それよりナマハゲさんがここにいるほうが不自然です」
 その通り! 大正解! ここで大事な大事なあたっくちゃ〜んす!
「……ナマハゲさんが壊れた。ってそれ何なの?」
 ん? アタックチャンス?
「うん、攻撃魔法かなんか?」
 いや、単純に某長寿クイズ番組の司会者のマネなんだけど。
「ふーん、知らないけど、たぶん似てないんだろうね」
 そりゃそうだ。顔面が鬼のくせに児玉清のマネが完璧だったらおかしい。
「まあいいや」
  そういって巫女さんは袴から何かを取り出した。それには見覚えのあった。薄いビニールに包まれた黒い小さな三角形――コンビニのおにぎりだった。コンビニ とかで売ってる奴。そもそも袴ってポケットついてるんだな。これはひとつ勉強になった。ただしナマハゲとして生きていくには絶対に必要ないだろうが――。
「あむっ」
 もぐもぐもぐ。巫女さんはおいしそうにおにぎりをほうばる。あまりにも美味しそうに食べてるのでつい見とれてしまう。食欲は沸いてこないがもう数日間食事をしていないのだ。とにかく僕はでかい目で彼女を見つめることにした。じ――――――。
「ん?」
 じ――――――――――。
「あのそんなに見つめられると食べづらいんですけど――」
 いやおかまいなく。
「あの……まだおにぎりあるんですけどおひとつどうですか?」
 いや、私はおなかがすかないので、気持ちだけありがたくいただくよ。お嬢さん。はっはっは。
「なっなんでいきなり、紳士ぶってるんです?」
 まあいいから食べたまえ! ははは。さて乗馬の時間だ。
「えっ本当に紳士なの? 人は見かけによらないって本当ですね」
 人じゃなくってナマハゲだっての! っていうかこの神社のどこに馬がいるんだよ。
「ってことは……騙したんですか! ナマハゲさん!」
 これも騙すうちにはいるんだろうか? まあいいや、騙しました。ごめんなさい。どろぼうの始まりです。ドロボーノ・ハジマリナマハゲ(新種)です。 
「ひどーい」
 巫女さんは頬を膨らませた。
「もう、うそつきは泥棒の始まりですよ!」
 なんとナマハゲの次はどろぼうか。さすがにこの年で前科がつくのは痛い。よしここはこうだ。
 盗んだのはあなたの心です。
「いや、わけわかりません」
 うん僕も。
「……もういいです」
  巫女さんは半ばあきらめムード。そのあと僕は何も話さなかった。 そして巫女さんも何も話さなかった。その状態が暫らく続いた。すると急に右肩にすこし何 かが乗っかってきた。黒く長い髪が僕の右手にかかる。どうやら巫女さんは僕の肩に寄りかかってきたのだ。何をしていいかわからなかったとりあえず巫女さん の顔をよく見てみる。改めて見ると彼女はすごくかわいい顔をしていた。ぱっちりとした二重まぶたに泣きぼくろ――。ん? 泣きぼくろ?え……。ま、まさ か。
 城ヶ崎さん? 思わず僕は声を出してしまっていた。
「えっ? なんで私の名前知ってるんですか?」
 ……ビンゴ。こんなこ とがあっていいいのだろうか? ここにいる巫女さんは僕のクラスメイトだったなんて――。普段は制服の彼女しか見たことなかったし、しかもいつも眼鏡にポ ニーテールのはずなのに……。今日の城ヶ崎さんは眼鏡をかけてないし、ストレートヘアーだし、そして何より巫女の格好だし……。
「ねえ、ナマハゲさん。なんで私の名前知ってたの?」
 頭を僕の肩に押し付けたままで彼女は聞いた。
 いや、知らない。僕は苦し紛れにそう答えてみる。
「嘘だよ。さっきちゃんと言ったもん」
 いや、適当に名字言ってみたら当たった。いやー、勘ってたまにはあたるもんですな。ナマハゲの勘ってやつ?
「適当にもほどがあるでしょ。適当に言ってでてくるの? 城ヶ崎って名字が!」
 ナマハゲなめんなよ! IQ五十近くあるんだぞ?
「低い! おもわずなめてかかっちゃうぐらい低い!」
 あ、そうなの? もちろん適当に言ったわけだけど。
「あの……ナマハゲさんはお名前なんていうんですか?」
 そういえばアザラシのタマちゃんって今なにしてるんだろうなあ。
「聞き流してるし!」
  まあ、僕がとぼけているのには理由がある。ここで俺の本名を言うと非常にまずいのだ。なぜなら僕と彼女はクラスメイトだからだ。しかもよりによって城ヶ崎 さんは、なんとクラスが二年間一緒なのである。いくらなんでも僕の名前ぐらい覚えているはずなのだ。だからここで本名を言うわけにはいかない。
 えっと、ナマハーゲ・T・マルゲリータと申します。
「外人さん? しかもなんかイタリアくさい!」
 おもいっきり偽名です。はい。
「じゃあ名前長いから縮めて……ナマハゲさんって呼ぶね!」
 呼び方かわってねえ。驚きの変わらなさ! 夏の元気な変わらなさ!
「で、ナマハゲさん。ナマハゲさんは何しにこの神社に?」
 巫女さん、もとい城ヶ崎さんは僕の肩に乗っけていた頭を上げて立ち上がる。
 そうだな、僕は……海がみたいなって思ってここにふらっとね。
「ここ神社だよ?」
 まあそれは冗談として、実はお参りにきたんだ。
 僕は彼女の頭を撫でながら答える。冗談の上に嘘を塗り固めてしまった。それにしてもさらさらだなこの髪。
「ふーん。ここの神社ご利益あるからね」
 そうなんだ……。それにしてもさらさらだなこの髪。
「実はね、私も神様にお願いに来たんだ」
 へえ、それはいいこころがけだね。
「うん、実はね……私のクラスメイトで学校に来なくなっちゃった子がいるの」
 急に僕の目の前が真っ白になった。よかったら救急車を呼んでくれないか! えっとひゃくじゅうきゅう番の電話番号ってなんだったっけ。
「その子が学校に来ますようにってお願いするんだ」
  いやまてまて。いったん落ち着こう。救急車を呼ぼうとした人はその手を止めて欲しい。それは僕のことだとは限らない。別に学校に来なくなった生徒がいるこ となんてそうめずらしいことじゃない。だから別の人のことかもしれない。そうだきっとそうに違いない。城ヶ崎さんは腰かけていた階段を上がり賽銭箱の前に 立った。賽銭箱にお金を入れ、鈴を鳴らす。そしてぱんぱんと手を叩く。
「利根川くんが学校に来ますように!」
 利根川……。それ俺じゃん! 僕のクラスでは僕以外に利根川っていう苗字はいない。
「これでよしっと」
 城ヶ崎さんは階段を下りた。
「よし、じゃあ私帰るね」
 そういって城ヶ崎さんは鳥居の方に向かう。
「あ、あのさ!」
 僕の呼びかけに城ヶ崎さんは振り向いた。
「何で巫女服なの?」
 自分ながらなんて間抜けな質問。
「ここ私んち。だから私は休みの日に家業を手伝う立派な巫女さんなのだ!」
 城ヶ崎さんは笑っていた。僕が今まで見たこともない笑顔だった。というより今日は休日だったのか。ずいぶん長い間この神社に居座ってしまったようだ。
「じゃあね。ナマハゲさん。夜はちゃんと寝なよね。そこに座りっぱなしじゃ体に悪いよ!」
 そして城ヶ崎さんは姿を消した。つーか見られてたんだな。誰もいない神社で僕は一人つぶやいた。
  その夜は僕は眠ることにした。賽銭箱の奥のほうにあるスペースはちょうど寝るのに最適だった。眠ることができるか不安だったが、意外と早く眠りについた。 神社ってあったかいんだな。今、冬のはずなのに――。今、外にいるはずなのに――。なんだかまるで家の中にいるように――。なんだかまるで布団で寝てるか のように――。
「あったかい」

 僕は眼を開けてみる。そこは見慣れた僕の部屋で、それは家の中で、僕は布団に寝ていた。
「ゆ、夢オチ?」
 そんな安易な! いまどきそんなことがあっていいのか。僕は部屋を出る。そしてリビングにいた母親と遭遇した。
「やあ、母さ――」
「あ、あんたどこいってたの! 何も言わないでいなくなって! どれだけ心配したと思ってるの!」
 ……そう簡単に夢オチにはしてくれないみたいだった。

     ◆◆◆

 久々の学校はなんだか新鮮だった。ちょっといなかっただけなのに――。なんだかもう卒業した学校に来たみたいな。そんな感じ。
「利根川くん!」
 後ろから呼びかけられた。そこに立っていたのは巫女さん……じゃなくって。
「一週間も学校休んでたからみんな心配してたよ」
 眼鏡にポニーテールのクラスメイト。僕がナマハゲになる前にみた城ヶ崎さんそのものだった。
「じゃあ私先に教室行くね」
 そう言ったと思うと城ヶ崎さんは僕の耳に口を近づけた。
「お先に。ナマハゲさん」
 彼女は僕の耳元でそう囁いた。そして彼女は教室に向かって走り出す。僕はそれを見ながら呆然としていた。そして僕は思った。
 もう一回ナマハゲになれないかな、なんてことを――。 

(了)

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